翻訳会社と一人称
一人称は自分を呼ぶための言葉でありますが、日本では人それぞれの一人称を使う風習があります。
英語であれば、どの様な人物であろうと「I」で事足りますが、日本では、私、俺、僕、などがありますし、子どもの前では、お父さん、お母さんといった様に自分の立場で呼ぶのです。
他には、職業によっても一人所は変わっています。
教師と生徒であるならば生徒の前では、先生と呼ぶ方もいますし、人物像に合わせた一人称があるのです。
さらには、自分の事を名前で呼ぶような子どももいますが、大人になってもその様な癖が抜けない女の人もいます。
これは、ドラマや小説ならば少し頭の回らない女の人の様なイメージを持たす事が出来ますし、日本の小説の様な創作の世界では、一人称はキャラクターをつける為に大切な部分となってきます。
しかし、上記にもあるように、英語などでは、「I」しか使わない場合などもありますので、翻訳会社などが小説を翻訳する際には、そのキャラクターの人物像を掴みとって相応しいと思われる一人称に翻訳しなければなりません。
無難なのは、「私」などなのでしょうが、登場キャラクターが皆、私などを話していると薄気味悪いですし、時には、「おいら」の様な大胆な一人称を使っても良いのではないでしょうか。
矛盾のある言葉
時々、学校などで使っている英語の教科書は誰が作っているかが無性に気になる時があります英文が間違っているのではありませんが、絶対にその様な事を話さない様な状況をつくり上げているのです。
英語を学ぶ、といった点から見れば何も間違っていないのかもしれませんが、例文が矛盾だらけでは、違った意味で教育に良くないのではないかと思います。
例えば実際に中学校の英語の教書に載っている文を見たのですが、「これはリンゴですか?」、「いいえ、これはトムです」の様な冗談にしか見えない例文や、「トムの家までは1キロあり、車で1時間かかります」の様に、明らかに距離を時間の計算をしていない例文を発見しました。
これは、日常会話で使うレベルという話ではなく、少し頭のおかしい人の会話にしか聞こえません。
まさか、この様な問題の例文を翻訳会社などが作っているとは考え辛いので、なんらかのコネで、少し問題のある翻訳家などに頼んだとしか考えつきません。